2017年1月 8日 (日)

良い年にするぞぉ!

気付けば1年以上も更新せず…。

実家の建て替えが決まり、家族との相談や業者さんとの打合せなど実家に帰ることが多くなり、部屋に戻った時は仕事三昧で遠ざかっていました。

なかなか更新できないのでブログを辞めてしまおうかと迷ってもいますが、久しぶりに訪れたので、その後の父の病状を少しご報告。

手術後、まさかの腸閉塞を起こし、苦しんだ父。当初の予定よりだいぶ遅れましたが、無事退院することができました。

退院後1ヶ月位は、医師や栄養士さんの助言どおり、よく噛んで、時計とにらめっこしながら、ゆっくりと時間をかけての食事をしていた父。それがいつの頃からか、食事量が増え、食べるスピードも早くなり…。時折、ダンピング症状に襲われたり、体調が悪くなったりすると、食べ方に気をつける父ですが、それも一時だけ。

現在はノンアルコールビールはほぼ毎日。日本酒も時々飲んでいます。食事量や食べるスピードは入院前と同じくらいになり、母や私が「ゆっくり食べやー」「お酒は飲まない方が良い」等と言うと、かえってスピードアップしたりお酒の量を増やそうとする父に頭を悩ませている毎日です。

とりあえずは元気に過ごしてくれているので有難く、嬉しいのですが、少しずつダメージが蓄積されて発病しないか心配。父自身はもちろん、母や私たちのためにも体を気遣って欲しいです。

私自身も、昨年は検査や手術(比較的簡単な)など病院にお世話になることが多かったので、家族に心配・迷惑かけないようセルフケアをさらにしていこうと思います。

今年も良い一年となりますように☆

いや、良い一年にするのだ!!

2015年9月15日 (火)

術後6日目(大きな虹を見た日)

9月1日(月)

今日は、いつもより遅めの14時半頃病室に着きました。

父はその日、洗髪をしてもらい、パジャマ等も着替え、スッキリ。
丁度身綺麗になったその日、親戚のご夫婦がお見舞いに来て下さったそうです。

というのも、私たちが病室に着いた時は、すでに帰られた後でした。

父は普通に会話できるのですが、実情を知らない親戚には、鼻からの管と、管の先にある袋内の黒い液から、父が辛そうに思われたかもしれません。



夕方、担当の先生が来て下さりました。
お腹はハッているけど、柔らかくなってきている。
ただ、レントゲンにはガスがたくさん写っているので、鼻管はまだ取ることができない。
尿の量が増え、採血の数値は回復してきてるとのことでした。

足腰が弱るといけないから、努めて歩くようにと言われ、今日は病棟を2周歩いていました。



その後、病室からふと外を見ると、大きな虹が出ていました。

色もはっきり、くっきりと見える綺麗な虹。見上げるくらい大きくてホントに綺麗な虹でした。

あんなに綺麗な虹は初めてだったかも。

これは良い事がある予感♪


父と母も感動してました。

綺麗な虹、一緒に見れて良かったです☆

2015年9月 3日 (木)

術後5日目

8月31日(日)


14時ごろ病室に到着。
日曜ということもあり、のんびりとした穏やかな雰囲気の病棟でした。


昨日は背中への痛み止めと、お腹についていた管が外されましたが、それに続き今日も1本、管が取れました!


それは、尿の管です。


術後、父の体には数本もの管が取りつけられていましたが、一番最初にとれてほしいのは尿管と言っていたので、父も嬉しかったんじゃないかな。。

その代り、自分で尿瓶で尿を取り、その都度量をメモしなくてはならず、手間はかかる様になりました。
初めのうちは尿をこぼすこともありましたが、すぐに慣れたようだし、身軽になったことは良かったです。


咳き込むと、お腹がうずき痛む様で辛そうだし、お腹のハリもまだある様子。
痰を出すことは若干減りました。
鼻から管を通しているせいもあり、鼻水が出てくるようになり、更に、くしゃみや咳も度々。

と、状態は良好とは言えませんが、尿管がとれたので、一歩前進といった感じです。


今日は病棟を1周歩いただけとのこと。
尿管がとれ身軽になったのに、体調が良くないのか、今日は休みたいと横になる父でした。

確かに父はまだ、水分も摂れない状態なので、点滴は欠かせません。
点滴と、ガス抜きの鼻からの管。
この2本が取れないことには、心から安心はできないです。



17時頃、私用を済ませた兄が病室へ。
父と兄は手術日以来の再会です。術後すぐの時と比べると管が減っていて、一安心していました。
家族全員で、しばらく話した後、今日は早めに病室を出ました。

手術からこの日まで、とても長かったように感じたのを覚えています。




2015年8月13日 (木)

術後4日目

8月30日(土)


12時過ぎに父の病室へ。
昼食の時間ですが、水分もとれない父には、食事ももちろんまだ。


カーテンからベッドを覗きこんだら、父がいない。
もしかして、またどこか異変が出て、検査に行ったとか?と心配していたら、看護師さんと一緒に父が戻ってきました。

聞いてみると、体を拭いてもらっていたそうです。
点滴や尿袋などをぶら下げた棒を押しながらの父ですが、拭いてもらってスッキリしたのか、2、3日前とは足取りが違い元気そうに見えます。
その上、何だか身軽にも感じる。。


それもそう、背中に入っていた痛みどめの注射の管と薬、それと、お腹に入っていた管も、今朝取れたとの事。
これはとても嬉しいことでした。


管を外してもらった後、病院棟の廊下を1周歩き、その後しばらくベッドに座って起きていたけど、調子よく、辛くなかったそうです。

咳をした時の傷口やお腹に響く痛みはあるけど、昨日より今日、今日より明日と言う感じで、少しずつ回復しているのが分かる1日でした。




そして、待ちに待った時が。。。

ベッドに腰掛けていた父が、おもむろに立ちあがったと思ったら、大きな爆音を3発。


出たー!!!

ついに、おならが出たんです。


普段なら、「もう、あっちでしぃーやー」と嫌がるところですが、この時ばかりは、

「やったー!おめでとうー!!」「良かった」と皆笑顔^^


こんなにおならが出るのを待ちわびた日はなかったなァ。



その後、午後からも廊下を一周歩き、しんどくないと言っていたのですが、夕方頃、寒くなってきたと言ってベッドで休むことに。

横になるとお腹の圧迫があり、咳も増え、その度にお腹と傷口の痛みに耐える父でした。
調子よかったそれまでと違い、何だか辛そう。顔も赤く、体温を計ったら36.8度でした。

しばらくすると、37度に上がってきて、掛布団を2枚かけるほど寒いと言います。


母と私を気遣ってか、「もう寝てるから、帰り」と父。

熱があることは看護士さんも承知なので、だるそうな父が心配でしたが、傍にいると返って気になり寝れないかもと、本日は18時過ぎに病室を出ました。


「おならが出たことに喜びすぎて油断したらあかんなぁ。肺炎になったら又々回復が遅れてしまう。」
そんな話をしながら帰宅しました。




今日、仕事が休みだった兄に、今日の父の様子を報告。
ですが、話をしている内に、父の食事作りについて、母にきつく意見を言い始める兄。

もし父に何かあったら、母に責任を押し付けるような言い方をするので、とても腹立たしく感じました。

父を思ってのことですが、そんな言い方せず、協力するという風に言ったらいいのに。
心配することと言う事は、誰にでもできるんやから、行動して表わしてくれたらいいのに。

だって、そんなに心配なら、なぜ今日、病院に見舞いに行かへんかったん?
喉が痛いという理由だったけど、私も喉は前から痛くて辛いし、術後苦しんでる父を見てるだけに、家で休んでる気にもなれへん。

母も私も、寝不足と気疲れ、それぞれ持病もあり、正直体はぐったり。
でも今は、家族みんなで父を支え、みんなで治療・対応していかなくては!と思うからこそ、動けてる。

年齢的にも、体力的にも、母の疲れも相当なはずなのに、そんな母に、きつい口調で責任を押し付ける様な言い方をするので、とても嫌な気分になりました。

何だか口ばっかりって感じ。毎日仕事で大変なのだろうけど、休みの時、少し掃除を手伝ってくれたり、買い物に行ったりも、直接父につながらなくても、家族で協力してることになるのになぁ。。

毎日病院へ行きながら、限られた時間で出来る範囲の家事や用事を済ませなくてはいけないし、体を休める時間もちゃんと取らなければ続かないです。

父が退院して帰ってきた時、家の中がぐちゃぐちゃだと嫌やもん。



兄の言葉に不快な気分になったけど、
この日は、父がおならをし、管が取れた良い日でした。熱が心配ですが、今日よりもわずかでも回復に前進している明日になります様に☆

2015年8月10日 (月)

術後3日目

8月29日(金)


母に起こされ起床。
見事な寝坊です。

今日は、私の婦人科検診のため、急いで準備をして、病院へ。
その病院とは、父が入院している、毎日通っている総合病院。なので、母もまずは一緒に私について来てくれました。


今日は珍しく空いていて、急にドキドキ緊張してくる私でした。
やっぱり、婦人科の診察は慣れないです。


待ってる間、母は一度父の様子を見に入院棟へ。

私の緊張が少し治まった頃、問診に呼ばれ、着替えて内診。
先月受診した時よりも痛みや不快さは少なく、時間も短く感じられました。


着替えを済ませて待合室に出ると、母の姿が。
父の様子は落ち着いていて、「私を見て来たり」と言ってくれたとのこと。
私も診察が終わり、観察中の病変部も変化なく、続けて経過観察ということで、一安心です。

そして、父のところへ。


痛みどめのおかげで、身体も気持ちもだいぶ楽になった様子ですが、痰は相変わらずよく出て辛そうです。
また、痰がからんだりして咳込むと、傷口やお腹に響き痛いらしく、顔をゆがめていました。



嬉しいこともありました。
水・木曜とあまり歩けなかった父でしたが、この日は病院棟の廊下を一周できたこと☆

これは大きな進歩です!


おならも出そうな感覚が出てきたようです。
結局この日は出なかったけど、手術をきっかけに停止していた腸が、やっと動き出してきた、そんな気がしました。


夕方、外来診察を終えた担当の先生が来て下さりました。
血液検査も腎臓の数値が回復しつつあり、尿の量も少しずつ増えて来てる。
お腹のハリはまだあるけど、固さが少し和らいできてるからいい傾向とのことでした。



鼻から通した管からガス抜きを定期的にして下さっているので、父もお腹の苦しさを訴えることは少なくなりました。
管を通して、手動の簡単な作業でガス抜きができるって、原始的なやり方っぽく感じるけど、効果は確実で、頼りになります。


あとは、父が自力で、下からガスを出すこと。それが次の課題です。

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