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2015年2月

2015年2月24日 (火)

手術前日

8月25日(月)

母と一緒に 午前中には病室へ。

元気ではあるけど、明日の手術を控え、とても不安そうな父。昨夜は眠れなかったそうです。
午前中は麻酔科の先生からの説明、午後には手術担当医との面談がありました。



午後の面談には、親戚のおじさんも来てくれて一緒に話を聞いて下さいました。このおじさんは、とても頼りがいのある方で、母と私にとっては心強かったです。


手術についての面談では、「なぜ外科手術をするのか理解していますか」という質問から始まり、手術方法や術後の合併症などについて説明を受けました。


その話の中で、「もしかしたら今の父の状態であれば手術の必要はないの?」と感じた説明があり、正直戸惑いました。母も私と同じように思い、手術することに迷いが生じたようでした。


ただそれは、内視鏡治療時の病理検査で、胃に癌細胞が残っている可能性は「あるかもしれないし、ないかもしれない」という結果から外科手術に至ったので、「残っていないケースの場合があることや、手術することで返って今の状態よりも悪くなる場合があること等を承知の上、全摘手術に臨んで下さいという意味であって、手術は必要やねん。だから、明日手術することになってるんやで。手術必要ないなら、入院や手術日が決まってるはずないやろ。」と、おじさんが助言してくれました。

おじさんの言葉を聞き、母も私も何となくでしたが、納得することができました。
当の本人・父はというと、手術自体よりも術後の食事や麻酔時の痛み等が気になるようで…。


この日、親戚のおじさんも一緒で本当に良かったです。心強かったのは勿論、先生の言葉じりや真意を深読みし、母と私は手術すること自体に迷い続けていたと思います。疑問を抱いたまま手術日を迎えずにすんだのは、親戚のおじさんのおかげです。
やっぱり頼りになるおじさんでした。
父自身は迷うことなく、覚悟が出来ているようでしたが。



いよいよ明日、手術です。



2015年2月16日 (月)

再入院

今回からは、当時の日記(手記)を元に綴っていきたいと思います。


8月22日(金)
入院日、10時半頃病院到着。
入院受付を済ませ、外科病棟へ。

まだ部屋が整っていないということで、デイルームで1時間以上待つことになりました。今日から入院する方が他にも2組おられ、同じ様に部屋待ちをされていました。
やっと病室に案内してもらったのが、ちょうどお昼ご飯の時間。父は病院食を。母と私は売店でパン等購入して食べることに。

そうこうしていたら、昼から会社を休んだ兄が、病院に到着。
「仕事を休んでまで来なくていいのに。」と言う父ですが、兄も気が気でなかったんだと思います。

この日に担当医から手術の説明があるのか聞いたところ、看護師さんは「連絡は聞いていないので分からない」とのこと。又、金土日は検査等も全く何もないとのことでした。

それならもう少し家にいても良いのでは・・ということで、早速の外泊許可を取り、他の手続等も終えた18時頃、父も一緒に皆で帰宅しました。

とりあえず病室確保の為に、この日に入院という形をとらなくてはいけない様でした。



家族揃ったし、時間も時間なので、外食して帰ろうという事になりました。
数日後には父の胃はなくなっているので、「今の内に好きな物をたくさん食べやぁ。」
と言う周りの声に、手術の事を思うと気が沈むのか「食べる気にならへん。」と答える父。
…と言いながらも、牛すきやき定食を完食してました^^ やっぱりお肉を食べておきたかったんやね。

8月23日(土)
買物の際、ドーナツもお土産に買って帰りました。なぜなら父はドーナツが大好きなんです♪ただ他にも間食してたらしく、その後のドーナツだったので、父はお腹が張りしんどくなってしまいました。

夕食に家で焼き肉をしたけど、父はあまり食べれない状態でした。


「今のうちに好きな物を、たくさん食べさせてあげたい」という気持ちが裏目に出てしまいました。


8月24日(日)
病室に戻る日です。
雨が本降りになってきたので、小雨になるのを待っていたら、結局病院には15時半すぎに到着。16時までには戻るように言われていたので、丁度な時間。

何の治療もしていないのに、パジャマ姿でベッドに腰掛けると、急に患者っぽく見えてくる。
父も不安そうでした。
でも根治して欲しいから、耐えて乗り切ってほしい。
18時頃、私達は父に見送られ、家路につきました。
少し寂しそうだった。


いよいよ入院生活が、また始まります。


2015年2月12日 (木)

一時帰宅

検査結果を聞いた2日後に、父は退院しました。

手術・入院が控えているというスッキリしない、どこか暗くなりがちの家族でしたが、2週間ぶりの我が家に帰り、父は少しホッとしてる様に感じました。


ただ一時帰宅中、兄の助言がきっかけとなり、家族の気持ちは落ち着かず、不安な気持ちを倍増させるような日々になってしまいました。



兄も検査結果にかなりショックを受けていました。家族の中で1番父の病状のことについて調べ、数冊の本も買ってきて、参考になるからと両親に渡していました。

兄としては、初期なのに全摘になるのは避けたい。インターネットを見てたら、全摘しない病院もあったらしいとのこと。県内だけでなく県外(隣接しない県にも)の病院にも行ってみたら…と。

いつも最終で帰ってくることの多い兄が、早めに帰宅し、毎晩そういった助言と、買ってきた本やネット情報の内容を話していました。

そして、術後の食事に関しては、父自身が注意するのは当然だけど、栄養を考えたメニューや調理方法など、母に強く責任を押し付けるような言い方をしだす始末で…。


心配で色々調べてくれるのはとても有難いのですが、父の不安が大きくならないか・・私はそれが心配でした。



父は勿論、母も私も違う病院に変わるという事は少しも考えていませんでした。再入院・手術を受け止め、、それに向けて対応していく気持ちになっていたので、セカンドオピニオンや違う病院で診てもらおうという兄の言葉に戸惑いがありました。


本音を言えば父も、少しでも胃を残したいという気持ちはあったようです。だけど、胃カメラ検査の結果が分かり、紹介状を書いてもらう際、どの病院にしようか家族で相談して決めた病院で、県では有名な総合病院です。紹介状を持って初めてその病院に行った際も、外科手術になった場合の全摘にする理由・説明は聞いていました。

兄もここなら安心と言っていたのに…。


毎晩の様に話し合いになりましたが、それじゃあセカンドオピニオンや違う病院に行くと仮定した話をすると、兄はあとは任せるような口ぶりだったり。
術後の食事についても、毎晩のように母に強い口調で言ったり、何だか実際には人任せな発言も多くて。。


心配する気持ちはよく分かるのですが、調べすぎて情報に踊らされてる感じでした。



兄が買ってきた本を、両親は毎日読んでいましたが、良い事だけでなく、悪い事も書いてありますから、「手術するの嫌になってきた」「読んでたらしんどくなってきた」と父が漏らすこともあり。

一度、父が救急車を呼んでほしいと言うくらい息苦しさを訴えた時がありました。母が手間取っている間に少し楽になってきた様で、呼ばずに済みましたが、心的なストレスからではないかと思います。

ただでさえ不安で一杯の父なのに、惑わせてしまい、かえって不安を煽ることになった気がします。




兄への愚痴になってしまいました。
兄の気持ちもとてもよく分かるのだけど、父の不安が和らぐ方にも、気を注いで欲しかったな。


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