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2015年8月

2015年8月13日 (木)

術後4日目

8月30日(土)


12時過ぎに父の病室へ。
昼食の時間ですが、水分もとれない父には、食事ももちろんまだ。


カーテンからベッドを覗きこんだら、父がいない。
もしかして、またどこか異変が出て、検査に行ったとか?と心配していたら、看護師さんと一緒に父が戻ってきました。

聞いてみると、体を拭いてもらっていたそうです。
点滴や尿袋などをぶら下げた棒を押しながらの父ですが、拭いてもらってスッキリしたのか、2、3日前とは足取りが違い元気そうに見えます。
その上、何だか身軽にも感じる。。


それもそう、背中に入っていた痛みどめの注射の管と薬、それと、お腹に入っていた管も、今朝取れたとの事。
これはとても嬉しいことでした。


管を外してもらった後、病院棟の廊下を1周歩き、その後しばらくベッドに座って起きていたけど、調子よく、辛くなかったそうです。

咳をした時の傷口やお腹に響く痛みはあるけど、昨日より今日、今日より明日と言う感じで、少しずつ回復しているのが分かる1日でした。




そして、待ちに待った時が。。。

ベッドに腰掛けていた父が、おもむろに立ちあがったと思ったら、大きな爆音を3発。


出たー!!!

ついに、おならが出たんです。


普段なら、「もう、あっちでしぃーやー」と嫌がるところですが、この時ばかりは、

「やったー!おめでとうー!!」「良かった」と皆笑顔^^


こんなにおならが出るのを待ちわびた日はなかったなァ。



その後、午後からも廊下を一周歩き、しんどくないと言っていたのですが、夕方頃、寒くなってきたと言ってベッドで休むことに。

横になるとお腹の圧迫があり、咳も増え、その度にお腹と傷口の痛みに耐える父でした。
調子よかったそれまでと違い、何だか辛そう。顔も赤く、体温を計ったら36.8度でした。

しばらくすると、37度に上がってきて、掛布団を2枚かけるほど寒いと言います。


母と私を気遣ってか、「もう寝てるから、帰り」と父。

熱があることは看護士さんも承知なので、だるそうな父が心配でしたが、傍にいると返って気になり寝れないかもと、本日は18時過ぎに病室を出ました。


「おならが出たことに喜びすぎて油断したらあかんなぁ。肺炎になったら又々回復が遅れてしまう。」
そんな話をしながら帰宅しました。




今日、仕事が休みだった兄に、今日の父の様子を報告。
ですが、話をしている内に、父の食事作りについて、母にきつく意見を言い始める兄。

もし父に何かあったら、母に責任を押し付けるような言い方をするので、とても腹立たしく感じました。

父を思ってのことですが、そんな言い方せず、協力するという風に言ったらいいのに。
心配することと言う事は、誰にでもできるんやから、行動して表わしてくれたらいいのに。

だって、そんなに心配なら、なぜ今日、病院に見舞いに行かへんかったん?
喉が痛いという理由だったけど、私も喉は前から痛くて辛いし、術後苦しんでる父を見てるだけに、家で休んでる気にもなれへん。

母も私も、寝不足と気疲れ、それぞれ持病もあり、正直体はぐったり。
でも今は、家族みんなで父を支え、みんなで治療・対応していかなくては!と思うからこそ、動けてる。

年齢的にも、体力的にも、母の疲れも相当なはずなのに、そんな母に、きつい口調で責任を押し付ける様な言い方をするので、とても嫌な気分になりました。

何だか口ばっかりって感じ。毎日仕事で大変なのだろうけど、休みの時、少し掃除を手伝ってくれたり、買い物に行ったりも、直接父につながらなくても、家族で協力してることになるのになぁ。。

毎日病院へ行きながら、限られた時間で出来る範囲の家事や用事を済ませなくてはいけないし、体を休める時間もちゃんと取らなければ続かないです。

父が退院して帰ってきた時、家の中がぐちゃぐちゃだと嫌やもん。



兄の言葉に不快な気分になったけど、
この日は、父がおならをし、管が取れた良い日でした。熱が心配ですが、今日よりもわずかでも回復に前進している明日になります様に☆

2015年8月10日 (月)

術後3日目

8月29日(金)


母に起こされ起床。
見事な寝坊です。

今日は、私の婦人科検診のため、急いで準備をして、病院へ。
その病院とは、父が入院している、毎日通っている総合病院。なので、母もまずは一緒に私について来てくれました。


今日は珍しく空いていて、急にドキドキ緊張してくる私でした。
やっぱり、婦人科の診察は慣れないです。


待ってる間、母は一度父の様子を見に入院棟へ。

私の緊張が少し治まった頃、問診に呼ばれ、着替えて内診。
先月受診した時よりも痛みや不快さは少なく、時間も短く感じられました。


着替えを済ませて待合室に出ると、母の姿が。
父の様子は落ち着いていて、「私を見て来たり」と言ってくれたとのこと。
私も診察が終わり、観察中の病変部も変化なく、続けて経過観察ということで、一安心です。

そして、父のところへ。


痛みどめのおかげで、身体も気持ちもだいぶ楽になった様子ですが、痰は相変わらずよく出て辛そうです。
また、痰がからんだりして咳込むと、傷口やお腹に響き痛いらしく、顔をゆがめていました。



嬉しいこともありました。
水・木曜とあまり歩けなかった父でしたが、この日は病院棟の廊下を一周できたこと☆

これは大きな進歩です!


おならも出そうな感覚が出てきたようです。
結局この日は出なかったけど、手術をきっかけに停止していた腸が、やっと動き出してきた、そんな気がしました。


夕方、外来診察を終えた担当の先生が来て下さりました。
血液検査も腎臓の数値が回復しつつあり、尿の量も少しずつ増えて来てる。
お腹のハリはまだあるけど、固さが少し和らいできてるからいい傾向とのことでした。



鼻から通した管からガス抜きを定期的にして下さっているので、父もお腹の苦しさを訴えることは少なくなりました。
管を通して、手動の簡単な作業でガス抜きができるって、原始的なやり方っぽく感じるけど、効果は確実で、頼りになります。


あとは、父が自力で、下からガスを出すこと。それが次の課題です。

2015年8月 9日 (日)

術後2日目

8月28日(木)

やっとの朝です。
夜中に父の状態が悪くなったらどうしよう、と思っていたけど、悪化等することはありませんでした。(父が我慢していたのかもですが…)
朝日が、気持ちをホッとさせてくれたのを覚えています。



父は、お腹のハリによる苦痛は少し和らいだようです。その代り、今度は手術の傷が痛みだす、というか、痛かったそうなのですが、ハリによる苦痛の方がかなり辛かったということでした。

痛みはどんどん大きくなり、これもまた我慢ができない様子。

夜中も痛み止めの点滴はしていたけれど、副作用などの関係から最低4時間は間をおかないと次の点滴はできないらしいんです。

点滴の量は少なく、20分ほどで終わってしまうので、父が、「点滴をもっとゆっくり落としてくれたら長い間痛みどめの効果があるのでは」。。と言ったけど、ゆっくりだと効果が薄れるとのこと。


何とかして欲しい。その要求に答えてもらえたのは、お昼前頃でした。


点滴とは別に、背中から入れている痛みどめの薬が病棟に届き、担当医の許可も出て、投与して下さりました。
そのおかげで痛みは徐々に和らいだようです。


相変わらず痰はよく出ていて、ゲポゲポしてはゼイゼイと息が乱れ、熱はないけど上半身と頭が熱くて、水枕とアイスノンが欠かせない。


ただ、手術による傷口やお腹の痛みは夕方頃治まり、父の状態も気持ちも安定して落ち着いてきました。



と言っても、術後の状態が良くなかったので、もう一晩泊まり込んで付き添ってあげられたらいいのですが、翌日に婦人科の診察予定だった私は、どうしてもお風呂に入りたいから、帰宅を宣言!

父も私達の体を気遣い、2晩続けてはいいからと言ってくれ、一人残ろうか悩んでいた母も、最終的には帰宅することになりました。



帰宅途中、身体の節々がだるく、筋肉痛のような痛みが出てきました。きっと、簡易ベッドで過ごした影響かな?私ももう若くないことを実感です。

気疲れと体力の限界、眠気も襲い、家に着いたら母と共にお布団にごろり。そのまま3時間ほど寝てしまいました。起きたのは深夜1時過ぎ。

そこから簡単な夕食をとり、お風呂に入り、あと数時間で夜明け…という時間に再度お布団へ。

さっき一度寝たのに、即効眠りにつきました。体は正直だなぁと感じたっけな。

2015年8月 6日 (木)

手術翌日

8月27日(水)術後1日目


12時半頃に病室へ。

前夜は痰が沢山出たらしく、ナースコールを何度も押し、ガポガポしてたらしく、まったく眠れなかった様です。

術後の治療予定では、早速「歩行」の項目がありました。

術後しばらくは看護師さんが付き添ってくれるのですが、この日の午前中は、父の脈が早く、血圧も高かったので中止となりました。

午後になると脈・血圧は落ち着き、ほんの少しだけ歩くことができました。
術後初めての歩行です。往復で12,3mぐらいでしょうか。それでも歩いた後はしんどそう。


歩行は足のためだけでなく、腸の動きを活発にするためでもあります。

1時間後位に再度歩こうとした際、歩き始めてすぐに幻覚が見えると父。
手術後に、まれに幻覚症状があらわれる方もいるそうですが、看護師さんから認知症を疑う質問ばかりで、少し戸惑いと嫌な気持ちになりました。
幻覚はしばらく休むとなくなり、一安心。。ただ、更に父を襲うことが。。。



幻覚がおさまり、一安心していたのですが、しだいにお腹の張りがひどく、息苦しいと訴える父。
ハァハァと口で息をし、見ているだけで辛くなる位に。


担当医は、その日も他の患者さんの手術が入っていて、すぐには来てもらえない。


お願い!!早く父を助けてあげて!!!



やっと、他の患者さんの手術を終えた担当医が来て下さり、また外来診療を終えたもう一人の担当医も駆けつけて下さりました。

まずはレントゲンをとって、その結果から対応を決めるということでした。

病室でレントゲンをとったのが19時前頃だったかな。。

時間外、しかも予定外ということもあり、準備が整うまでなかなかです。



その間も苦しそうな父。

「いつまで待たせるんや」「何しとんねん」

と、普段の父とは思えない言葉が。それぐらい苦しかったんだと思います。


検査結果は、腸閉塞になりかけていて(なっていたのかな?)ガスがたまっているとのこと。
病室でできる処置を考え実行して下さったけど、上手くいかず。

ならば、鼻から小腸までチューブを入れ、そこからガス抜きをすることになりました。
その処置をしてもらうまでも、準備等の為か、かなり待たされ、その間も苦しそうな父。

「早く」と願うばかりでした。

やっと準備が整い、処置室へ。もう21時前後になっていたと思います。
父をストレッチャーに乗せることから処置室への移動までも、担当医の先生2人が直々にして頂きました。

夜間で看護師さんの手が回らず、当然と言えばそうなのですが、その姿に有難さと頼もしさを感じました。


病室に戻った父の鼻には管が。
辛そうな見た目とは逆に、お腹のハリは少し楽になったようでした。まずは一安心。

お医者さんから処置の説明を聞き終えたのが22時過ぎ。父もそんな状態ですから、その日は母と2人、夜も付き添うこととなりました。


処置後、苦しさは少し楽になった様でしたが、それでも「ハァハァ」と息が荒くなる時もあり、おまけに痰もよく出るので、ほとんど眠れなかったようです。

母と私は、1つの付添用ベッドに。まずは、母に横になってもらい、私は座って父の息遣いを聞いたり、痰を出す手伝いをしながら時間が過ぎるのを待っていました。

緊急処置があったこともあり、夜勤の看護師さんも気を配って下さり、大変ありがたかったです。

どんな時も時間は確実に過ぎるものです。
父はもちろん、母も私もボーっとした朝を迎えました。

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