カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の87件の記事

2017年1月 8日 (日)

良い年にするぞぉ!

気付けば1年以上も更新せず…。

実家の建て替えが決まり、家族との相談や業者さんとの打合せなど実家に帰ることが多くなり、部屋に戻った時は仕事三昧で遠ざかっていました。

なかなか更新できないのでブログを辞めてしまおうかと迷ってもいますが、久しぶりに訪れたので、その後の父の病状を少しご報告。

手術後、まさかの腸閉塞を起こし、苦しんだ父。当初の予定よりだいぶ遅れましたが、無事退院することができました。

退院後1ヶ月位は、医師や栄養士さんの助言どおり、よく噛んで、時計とにらめっこしながら、ゆっくりと時間をかけての食事をしていた父。それがいつの頃からか、食事量が増え、食べるスピードも早くなり…。時折、ダンピング症状に襲われたり、体調が悪くなったりすると、食べ方に気をつける父ですが、それも一時だけ。

現在はノンアルコールビールはほぼ毎日。日本酒も時々飲んでいます。食事量や食べるスピードは入院前と同じくらいになり、母や私が「ゆっくり食べやー」「お酒は飲まない方が良い」等と言うと、かえってスピードアップしたりお酒の量を増やそうとする父に頭を悩ませている毎日です。

とりあえずは元気に過ごしてくれているので有難く、嬉しいのですが、少しずつダメージが蓄積されて発病しないか心配。父自身はもちろん、母や私たちのためにも体を気遣って欲しいです。

私自身も、昨年は検査や手術(比較的簡単な)など病院にお世話になることが多かったので、家族に心配・迷惑かけないようセルフケアをさらにしていこうと思います。

今年も良い一年となりますように☆

いや、良い一年にするのだ!!

2015年9月15日 (火)

術後6日目(大きな虹を見た日)

9月1日(月)

今日は、いつもより遅めの14時半頃病室に着きました。

父はその日、洗髪をしてもらい、パジャマ等も着替え、スッキリ。
丁度身綺麗になったその日、親戚のご夫婦がお見舞いに来て下さったそうです。

というのも、私たちが病室に着いた時は、すでに帰られた後でした。

父は普通に会話できるのですが、実情を知らない親戚には、鼻からの管と、管の先にある袋内の黒い液から、父が辛そうに思われたかもしれません。



夕方、担当の先生が来て下さりました。
お腹はハッているけど、柔らかくなってきている。
ただ、レントゲンにはガスがたくさん写っているので、鼻管はまだ取ることができない。
尿の量が増え、採血の数値は回復してきてるとのことでした。

足腰が弱るといけないから、努めて歩くようにと言われ、今日は病棟を2周歩いていました。



その後、病室からふと外を見ると、大きな虹が出ていました。

色もはっきり、くっきりと見える綺麗な虹。見上げるくらい大きくてホントに綺麗な虹でした。

あんなに綺麗な虹は初めてだったかも。

これは良い事がある予感♪


父と母も感動してました。

綺麗な虹、一緒に見れて良かったです☆

2015年9月 3日 (木)

術後5日目

8月31日(日)


14時ごろ病室に到着。
日曜ということもあり、のんびりとした穏やかな雰囲気の病棟でした。


昨日は背中への痛み止めと、お腹についていた管が外されましたが、それに続き今日も1本、管が取れました!


それは、尿の管です。


術後、父の体には数本もの管が取りつけられていましたが、一番最初にとれてほしいのは尿管と言っていたので、父も嬉しかったんじゃないかな。。

その代り、自分で尿瓶で尿を取り、その都度量をメモしなくてはならず、手間はかかる様になりました。
初めのうちは尿をこぼすこともありましたが、すぐに慣れたようだし、身軽になったことは良かったです。


咳き込むと、お腹がうずき痛む様で辛そうだし、お腹のハリもまだある様子。
痰を出すことは若干減りました。
鼻から管を通しているせいもあり、鼻水が出てくるようになり、更に、くしゃみや咳も度々。

と、状態は良好とは言えませんが、尿管がとれたので、一歩前進といった感じです。


今日は病棟を1周歩いただけとのこと。
尿管がとれ身軽になったのに、体調が良くないのか、今日は休みたいと横になる父でした。

確かに父はまだ、水分も摂れない状態なので、点滴は欠かせません。
点滴と、ガス抜きの鼻からの管。
この2本が取れないことには、心から安心はできないです。



17時頃、私用を済ませた兄が病室へ。
父と兄は手術日以来の再会です。術後すぐの時と比べると管が減っていて、一安心していました。
家族全員で、しばらく話した後、今日は早めに病室を出ました。

手術からこの日まで、とても長かったように感じたのを覚えています。




2015年8月13日 (木)

術後4日目

8月30日(土)


12時過ぎに父の病室へ。
昼食の時間ですが、水分もとれない父には、食事ももちろんまだ。


カーテンからベッドを覗きこんだら、父がいない。
もしかして、またどこか異変が出て、検査に行ったとか?と心配していたら、看護師さんと一緒に父が戻ってきました。

聞いてみると、体を拭いてもらっていたそうです。
点滴や尿袋などをぶら下げた棒を押しながらの父ですが、拭いてもらってスッキリしたのか、2、3日前とは足取りが違い元気そうに見えます。
その上、何だか身軽にも感じる。。


それもそう、背中に入っていた痛みどめの注射の管と薬、それと、お腹に入っていた管も、今朝取れたとの事。
これはとても嬉しいことでした。


管を外してもらった後、病院棟の廊下を1周歩き、その後しばらくベッドに座って起きていたけど、調子よく、辛くなかったそうです。

咳をした時の傷口やお腹に響く痛みはあるけど、昨日より今日、今日より明日と言う感じで、少しずつ回復しているのが分かる1日でした。




そして、待ちに待った時が。。。

ベッドに腰掛けていた父が、おもむろに立ちあがったと思ったら、大きな爆音を3発。


出たー!!!

ついに、おならが出たんです。


普段なら、「もう、あっちでしぃーやー」と嫌がるところですが、この時ばかりは、

「やったー!おめでとうー!!」「良かった」と皆笑顔^^


こんなにおならが出るのを待ちわびた日はなかったなァ。



その後、午後からも廊下を一周歩き、しんどくないと言っていたのですが、夕方頃、寒くなってきたと言ってベッドで休むことに。

横になるとお腹の圧迫があり、咳も増え、その度にお腹と傷口の痛みに耐える父でした。
調子よかったそれまでと違い、何だか辛そう。顔も赤く、体温を計ったら36.8度でした。

しばらくすると、37度に上がってきて、掛布団を2枚かけるほど寒いと言います。


母と私を気遣ってか、「もう寝てるから、帰り」と父。

熱があることは看護士さんも承知なので、だるそうな父が心配でしたが、傍にいると返って気になり寝れないかもと、本日は18時過ぎに病室を出ました。


「おならが出たことに喜びすぎて油断したらあかんなぁ。肺炎になったら又々回復が遅れてしまう。」
そんな話をしながら帰宅しました。




今日、仕事が休みだった兄に、今日の父の様子を報告。
ですが、話をしている内に、父の食事作りについて、母にきつく意見を言い始める兄。

もし父に何かあったら、母に責任を押し付けるような言い方をするので、とても腹立たしく感じました。

父を思ってのことですが、そんな言い方せず、協力するという風に言ったらいいのに。
心配することと言う事は、誰にでもできるんやから、行動して表わしてくれたらいいのに。

だって、そんなに心配なら、なぜ今日、病院に見舞いに行かへんかったん?
喉が痛いという理由だったけど、私も喉は前から痛くて辛いし、術後苦しんでる父を見てるだけに、家で休んでる気にもなれへん。

母も私も、寝不足と気疲れ、それぞれ持病もあり、正直体はぐったり。
でも今は、家族みんなで父を支え、みんなで治療・対応していかなくては!と思うからこそ、動けてる。

年齢的にも、体力的にも、母の疲れも相当なはずなのに、そんな母に、きつい口調で責任を押し付ける様な言い方をするので、とても嫌な気分になりました。

何だか口ばっかりって感じ。毎日仕事で大変なのだろうけど、休みの時、少し掃除を手伝ってくれたり、買い物に行ったりも、直接父につながらなくても、家族で協力してることになるのになぁ。。

毎日病院へ行きながら、限られた時間で出来る範囲の家事や用事を済ませなくてはいけないし、体を休める時間もちゃんと取らなければ続かないです。

父が退院して帰ってきた時、家の中がぐちゃぐちゃだと嫌やもん。



兄の言葉に不快な気分になったけど、
この日は、父がおならをし、管が取れた良い日でした。熱が心配ですが、今日よりもわずかでも回復に前進している明日になります様に☆

2015年8月10日 (月)

術後3日目

8月29日(金)


母に起こされ起床。
見事な寝坊です。

今日は、私の婦人科検診のため、急いで準備をして、病院へ。
その病院とは、父が入院している、毎日通っている総合病院。なので、母もまずは一緒に私について来てくれました。


今日は珍しく空いていて、急にドキドキ緊張してくる私でした。
やっぱり、婦人科の診察は慣れないです。


待ってる間、母は一度父の様子を見に入院棟へ。

私の緊張が少し治まった頃、問診に呼ばれ、着替えて内診。
先月受診した時よりも痛みや不快さは少なく、時間も短く感じられました。


着替えを済ませて待合室に出ると、母の姿が。
父の様子は落ち着いていて、「私を見て来たり」と言ってくれたとのこと。
私も診察が終わり、観察中の病変部も変化なく、続けて経過観察ということで、一安心です。

そして、父のところへ。


痛みどめのおかげで、身体も気持ちもだいぶ楽になった様子ですが、痰は相変わらずよく出て辛そうです。
また、痰がからんだりして咳込むと、傷口やお腹に響き痛いらしく、顔をゆがめていました。



嬉しいこともありました。
水・木曜とあまり歩けなかった父でしたが、この日は病院棟の廊下を一周できたこと☆

これは大きな進歩です!


おならも出そうな感覚が出てきたようです。
結局この日は出なかったけど、手術をきっかけに停止していた腸が、やっと動き出してきた、そんな気がしました。


夕方、外来診察を終えた担当の先生が来て下さりました。
血液検査も腎臓の数値が回復しつつあり、尿の量も少しずつ増えて来てる。
お腹のハリはまだあるけど、固さが少し和らいできてるからいい傾向とのことでした。



鼻から通した管からガス抜きを定期的にして下さっているので、父もお腹の苦しさを訴えることは少なくなりました。
管を通して、手動の簡単な作業でガス抜きができるって、原始的なやり方っぽく感じるけど、効果は確実で、頼りになります。


あとは、父が自力で、下からガスを出すこと。それが次の課題です。

2015年8月 9日 (日)

術後2日目

8月28日(木)

やっとの朝です。
夜中に父の状態が悪くなったらどうしよう、と思っていたけど、悪化等することはありませんでした。(父が我慢していたのかもですが…)
朝日が、気持ちをホッとさせてくれたのを覚えています。



父は、お腹のハリによる苦痛は少し和らいだようです。その代り、今度は手術の傷が痛みだす、というか、痛かったそうなのですが、ハリによる苦痛の方がかなり辛かったということでした。

痛みはどんどん大きくなり、これもまた我慢ができない様子。

夜中も痛み止めの点滴はしていたけれど、副作用などの関係から最低4時間は間をおかないと次の点滴はできないらしいんです。

点滴の量は少なく、20分ほどで終わってしまうので、父が、「点滴をもっとゆっくり落としてくれたら長い間痛みどめの効果があるのでは」。。と言ったけど、ゆっくりだと効果が薄れるとのこと。


何とかして欲しい。その要求に答えてもらえたのは、お昼前頃でした。


点滴とは別に、背中から入れている痛みどめの薬が病棟に届き、担当医の許可も出て、投与して下さりました。
そのおかげで痛みは徐々に和らいだようです。


相変わらず痰はよく出ていて、ゲポゲポしてはゼイゼイと息が乱れ、熱はないけど上半身と頭が熱くて、水枕とアイスノンが欠かせない。


ただ、手術による傷口やお腹の痛みは夕方頃治まり、父の状態も気持ちも安定して落ち着いてきました。



と言っても、術後の状態が良くなかったので、もう一晩泊まり込んで付き添ってあげられたらいいのですが、翌日に婦人科の診察予定だった私は、どうしてもお風呂に入りたいから、帰宅を宣言!

父も私達の体を気遣い、2晩続けてはいいからと言ってくれ、一人残ろうか悩んでいた母も、最終的には帰宅することになりました。



帰宅途中、身体の節々がだるく、筋肉痛のような痛みが出てきました。きっと、簡易ベッドで過ごした影響かな?私ももう若くないことを実感です。

気疲れと体力の限界、眠気も襲い、家に着いたら母と共にお布団にごろり。そのまま3時間ほど寝てしまいました。起きたのは深夜1時過ぎ。

そこから簡単な夕食をとり、お風呂に入り、あと数時間で夜明け…という時間に再度お布団へ。

さっき一度寝たのに、即効眠りにつきました。体は正直だなぁと感じたっけな。

2015年8月 6日 (木)

手術翌日

8月27日(水)術後1日目


12時半頃に病室へ。

前夜は痰が沢山出たらしく、ナースコールを何度も押し、ガポガポしてたらしく、まったく眠れなかった様です。

術後の治療予定では、早速「歩行」の項目がありました。

術後しばらくは看護師さんが付き添ってくれるのですが、この日の午前中は、父の脈が早く、血圧も高かったので中止となりました。

午後になると脈・血圧は落ち着き、ほんの少しだけ歩くことができました。
術後初めての歩行です。往復で12,3mぐらいでしょうか。それでも歩いた後はしんどそう。


歩行は足のためだけでなく、腸の動きを活発にするためでもあります。

1時間後位に再度歩こうとした際、歩き始めてすぐに幻覚が見えると父。
手術後に、まれに幻覚症状があらわれる方もいるそうですが、看護師さんから認知症を疑う質問ばかりで、少し戸惑いと嫌な気持ちになりました。
幻覚はしばらく休むとなくなり、一安心。。ただ、更に父を襲うことが。。。



幻覚がおさまり、一安心していたのですが、しだいにお腹の張りがひどく、息苦しいと訴える父。
ハァハァと口で息をし、見ているだけで辛くなる位に。


担当医は、その日も他の患者さんの手術が入っていて、すぐには来てもらえない。


お願い!!早く父を助けてあげて!!!



やっと、他の患者さんの手術を終えた担当医が来て下さり、また外来診療を終えたもう一人の担当医も駆けつけて下さりました。

まずはレントゲンをとって、その結果から対応を決めるということでした。

病室でレントゲンをとったのが19時前頃だったかな。。

時間外、しかも予定外ということもあり、準備が整うまでなかなかです。



その間も苦しそうな父。

「いつまで待たせるんや」「何しとんねん」

と、普段の父とは思えない言葉が。それぐらい苦しかったんだと思います。


検査結果は、腸閉塞になりかけていて(なっていたのかな?)ガスがたまっているとのこと。
病室でできる処置を考え実行して下さったけど、上手くいかず。

ならば、鼻から小腸までチューブを入れ、そこからガス抜きをすることになりました。
その処置をしてもらうまでも、準備等の為か、かなり待たされ、その間も苦しそうな父。

「早く」と願うばかりでした。

やっと準備が整い、処置室へ。もう21時前後になっていたと思います。
父をストレッチャーに乗せることから処置室への移動までも、担当医の先生2人が直々にして頂きました。

夜間で看護師さんの手が回らず、当然と言えばそうなのですが、その姿に有難さと頼もしさを感じました。


病室に戻った父の鼻には管が。
辛そうな見た目とは逆に、お腹のハリは少し楽になったようでした。まずは一安心。

お医者さんから処置の説明を聞き終えたのが22時過ぎ。父もそんな状態ですから、その日は母と2人、夜も付き添うこととなりました。


処置後、苦しさは少し楽になった様でしたが、それでも「ハァハァ」と息が荒くなる時もあり、おまけに痰もよく出るので、ほとんど眠れなかったようです。

母と私は、1つの付添用ベッドに。まずは、母に横になってもらい、私は座って父の息遣いを聞いたり、痰を出す手伝いをしながら時間が過ぎるのを待っていました。

緊急処置があったこともあり、夜勤の看護師さんも気を配って下さり、大変ありがたかったです。

どんな時も時間は確実に過ぎるものです。
父はもちろん、母も私もボーっとした朝を迎えました。

2015年6月 9日 (火)

手術の日

3か月以上ぶりの更新です。

今回も、父の入院生活の続きを綴りたいと思います。

8月26日(火)手術当日


父は、9時半には手術室へ向かう為、私たち家族は9時までに病院に来るようにと言われていました。

9時どころか、8時過ぎには病院に着いて、父の不安を和らげようと家族で話してたのに、結局病院に着いたのは8時40分過ぎだったかな?病室に行くと、父はベッドに座っていました。あまり眠れなかったとのこと。やっぱり不安だったんだろうな。。


手術室へは家族も一緒について行くのだけど、エレベーターを降りたらすぐ扉があって、そこから先は家族は入れず、そこで父を見送りました。
自動ドアの向こうは、廊下がまっすぐ長く伸びていて、廊下の突き当たり(正面)が父の手術室らしい。白い壁とまっすぐ続く長い廊下を、父と看護士が歩いてくその背中をずっと見ていました。
それはまるで、映画のワンシーンのようで、一瞬夢を見てるみたいでした。



麻酔等の処置も含め、約6時間の手術が始まりました。
私達はデイルームで待つことに。
暗い顔の兄。心配そうな母。無事に手術が終わることを祈るしかありません。

6時間は長いようで、でも確実に時間は過ぎるもので、あと2時間、あと1時間。
あんなに何度も時計を見たのはいつぶりかな。。


看護士さんが「手術が終わり、15分後には面会できる」と言いに来て下さいました。ほっとしたものの、面会できたのは約45分以上たってからでした。


どんな姿で戻ってきたのか…不安と怖さを感じながらベッドの父を見ると、体には数本の管が繋がっていました。
意識があり、喋ることもできる父だけど、目はうつろで辛そう。。まだ麻酔が効いているようで、痛みはないとのことで一安心。
痰が出やすく、早速オエッっとなっていて、看護師さんから痰を吐きだす時の対応の仕方を私も教わりました。


手術をする前は、一人で何でも出来ていた父が、6、7時間後には沢山の管が繋がれ、しんどそうにしていて、とても悲しかった。
だけど、胃がん治療の為なんだ!!元気に長生きできる為の治療なんだ!!!そう思うことで、辛い気持ちを納得させていました。


翌日仕事のある兄は、一足先に帰宅。
「不安やからいてて欲しい」と言っていた父ですが、私達の事を気遣い「もう帰り」と。痛みはないという言葉にも安心し、母と私も看護師さんにお願いし、21時半すぎに帰宅しました。


今思えば、やはり夜も付き添ってあげれば良かった。
痛みがなくても、それ以上に不安でいっぱいだったはず。。帰ってしまってごめん。

そして翌日。
父にとって最も辛い1日になるなんて。。



2015年2月24日 (火)

手術前日

8月25日(月)

母と一緒に 午前中には病室へ。

元気ではあるけど、明日の手術を控え、とても不安そうな父。昨夜は眠れなかったそうです。
午前中は麻酔科の先生からの説明、午後には手術担当医との面談がありました。



午後の面談には、親戚のおじさんも来てくれて一緒に話を聞いて下さいました。このおじさんは、とても頼りがいのある方で、母と私にとっては心強かったです。


手術についての面談では、「なぜ外科手術をするのか理解していますか」という質問から始まり、手術方法や術後の合併症などについて説明を受けました。


その話の中で、「もしかしたら今の父の状態であれば手術の必要はないの?」と感じた説明があり、正直戸惑いました。母も私と同じように思い、手術することに迷いが生じたようでした。


ただそれは、内視鏡治療時の病理検査で、胃に癌細胞が残っている可能性は「あるかもしれないし、ないかもしれない」という結果から外科手術に至ったので、「残っていないケースの場合があることや、手術することで返って今の状態よりも悪くなる場合があること等を承知の上、全摘手術に臨んで下さいという意味であって、手術は必要やねん。だから、明日手術することになってるんやで。手術必要ないなら、入院や手術日が決まってるはずないやろ。」と、おじさんが助言してくれました。

おじさんの言葉を聞き、母も私も何となくでしたが、納得することができました。
当の本人・父はというと、手術自体よりも術後の食事や麻酔時の痛み等が気になるようで…。


この日、親戚のおじさんも一緒で本当に良かったです。心強かったのは勿論、先生の言葉じりや真意を深読みし、母と私は手術すること自体に迷い続けていたと思います。疑問を抱いたまま手術日を迎えずにすんだのは、親戚のおじさんのおかげです。
やっぱり頼りになるおじさんでした。
父自身は迷うことなく、覚悟が出来ているようでしたが。



いよいよ明日、手術です。



2015年2月16日 (月)

再入院

今回からは、当時の日記(手記)を元に綴っていきたいと思います。


8月22日(金)
入院日、10時半頃病院到着。
入院受付を済ませ、外科病棟へ。

まだ部屋が整っていないということで、デイルームで1時間以上待つことになりました。今日から入院する方が他にも2組おられ、同じ様に部屋待ちをされていました。
やっと病室に案内してもらったのが、ちょうどお昼ご飯の時間。父は病院食を。母と私は売店でパン等購入して食べることに。

そうこうしていたら、昼から会社を休んだ兄が、病院に到着。
「仕事を休んでまで来なくていいのに。」と言う父ですが、兄も気が気でなかったんだと思います。

この日に担当医から手術の説明があるのか聞いたところ、看護師さんは「連絡は聞いていないので分からない」とのこと。又、金土日は検査等も全く何もないとのことでした。

それならもう少し家にいても良いのでは・・ということで、早速の外泊許可を取り、他の手続等も終えた18時頃、父も一緒に皆で帰宅しました。

とりあえず病室確保の為に、この日に入院という形をとらなくてはいけない様でした。



家族揃ったし、時間も時間なので、外食して帰ろうという事になりました。
数日後には父の胃はなくなっているので、「今の内に好きな物をたくさん食べやぁ。」
と言う周りの声に、手術の事を思うと気が沈むのか「食べる気にならへん。」と答える父。
…と言いながらも、牛すきやき定食を完食してました^^ やっぱりお肉を食べておきたかったんやね。

8月23日(土)
買物の際、ドーナツもお土産に買って帰りました。なぜなら父はドーナツが大好きなんです♪ただ他にも間食してたらしく、その後のドーナツだったので、父はお腹が張りしんどくなってしまいました。

夕食に家で焼き肉をしたけど、父はあまり食べれない状態でした。


「今のうちに好きな物を、たくさん食べさせてあげたい」という気持ちが裏目に出てしまいました。


8月24日(日)
病室に戻る日です。
雨が本降りになってきたので、小雨になるのを待っていたら、結局病院には15時半すぎに到着。16時までには戻るように言われていたので、丁度な時間。

何の治療もしていないのに、パジャマ姿でベッドに腰掛けると、急に患者っぽく見えてくる。
父も不安そうでした。
でも根治して欲しいから、耐えて乗り切ってほしい。
18時頃、私達は父に見送られ、家路につきました。
少し寂しそうだった。


いよいよ入院生活が、また始まります。


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